ポートフォリオ・ファウンダー:なぜ1つではなく10のMVPを立ち上げるべきなのか

VCは数百のベットで勝負しますが、創業者はたった一つに全てを賭けがちです。しかし、AIがその前提を覆します。AIエージェントと「Vibe Coding」を武器に、スタートアップという挑戦を「確率ゲーム」へと変える方法についてお話しします。

ポートフォリオ・ファウンダー:なぜ1つではなく10のMVPを立ち上げるべきなのか
Feng LiuFeng Liu
2025年12月26日

Y Combinator(YC)は世界で最も成功しているスタートアップ・エンジンを運営していますが、その戦略は驚くほどシンプルです。それは「数学」です。年に2回、彼らは何千もの応募書類をふるいにかけ、有望なチームを50〜100社選び出し、資金を提供します。彼らは知っているのです——統計的にも、歴史的にも、そして必然的に——それらの企業のほとんどが死に絶えることを。いくつかは持続可能なビジネスになるでしょう。そして、1社か2社が、すべての失敗を帳消しにして余りある利益をもたらす「ユニコーン」になるのです。

すべてのベンチャーキャピタル(VC)は、この「べき乗則(Power Law)」に基づいて動いています。彼らは勝率100%を目指しているわけではありません。勝者が敗者の損失をカバーできるようなポートフォリオを求めているのです。もし100社に投資して、そのうちの1社が次のStripeやAirbnbになれば、残りの99社の失敗(評価損)は、ビジネスを行うための単なる必要経費に過ぎません。

しかし、この方程式における「創業者」の立場を考えてみてください。VCが「数のゲーム」をプレイしている一方で、創業者は通常「ロシアンルーレット」をプレイしています。あなたは一つのアイデアを選びます。そして、貯金も、評判も、人生の18ヶ月という時間も、すべてそこに注ぎ込みます。もしそのたった一つのアイデアが失敗すれば、あなたのポートフォリオはゼロになります。このリスクの非対称性は驚くべきものです。VCはリスクを分散していますが、創業者はリスクを集中させているのです。

この10年間、これは単に「そういうもの」として受け入れられてきました。物理的に10個のスタートアップを同時に立ち上げることは不可能だったからです。コード、デザイン、マーケティングにかかるコストが高すぎました。一つの道を選ばざるを得なかったのです。

ここで、誰も語らない真実をお話ししましょう。その制約はもう存在しません。

私たちは今、検証にかかるコストが限りなくゼロに近づく時代に突入しています。参入障壁はもはやコーディングスキルや資本ではありません。それは「実験のポートフォリオを管理する能力」です。AIを使えば、たった一枚の宝くじに人生を賭けるのをやめ、自分自身がマイクロVCのように動き始めることができるのです。

成功の数学

純粋に論理的なレンズを通してこれを見てみましょう。あなたが才能あるビルダーだとして、真のプロダクト・マーケット・フィット(PMF)を見つけるアイデアを選べる確率が10%だと仮定します。

もし1つのプロダクトしか作らなければ、失敗する確率は90%です。これは恐ろしい数字です。美しいSaaSプラットフォームを構築し、UIを磨き上げ、完璧なデータベーススキーマを設定するのに1年を費やしたとしても、リリースした瞬間に完全な沈黙(閑古鳥が鳴く状態)が待っているかもしれないのです。

しかし、もし10個のプロダクトをリリースすれば、少なくとも1つが成功する確率は劇的に跳ね上がります。これは単純な二項分布の確率計算です。「打席に立つ回数(Shots on goal)」を増やすことで、あなたはギャンブルの世界から統計学の世界へと移行するのです。

以前は、この論理には欠陥がありました。「10個のプロダクトをリリースする」には5年かかったからです。4つ目のプロダクトに取り掛かる頃には、燃え尽きているか、資金が尽きているでしょう。しかし今日、そのタイムラインは圧縮されました。かつて1ヶ月かかっていたことが、今では週末だけで終わります。

AIエージェント・ワークフロー

私はこれを「エージェンティック・ファウンダー・スタック(Agentic Founder Stack)」と呼び、実験を重ねてきました。これは自分自身を置き換えることではなく、自分の直感をスケーリング(拡張)することです。一人の職人であることをやめ、多数の管理者になったとき、現代の高速な四半期(3ヶ月)がどのようなものになるかを紹介しましょう。

1. VCエージェント(アイデア出しとフィルタリング)

シャワーを浴びているときにインスピレーションが降りてくるのを待つ代わりに、創造性をシステム化することができます。Reddit、Twitter (X)、Product Huntからトレンドをスクレイピングし、そのデータを「VCエージェント」として振る舞うLLM(大規模言語モデル)に読み込ませます。

上昇中の検索トレンドや未解決の不満に基づいて、100個のアイデアを生成させます。次に、市場規模、技術的な実現可能性、競合状況に基づいて、そのうちの90個をボツにするよう指示します。そうすれば、午後のひとときだけで、有望な方向性が10個手に入ります。人間のVCチームならデューデリジェンスに数週間かかるところを、あなたは数時間で終えられるのです。

2. PMエージェント(定義)

10個の方向性が決まったら、すぐにコーディングを始めてはいけません。それは罠です。「PM(プロダクトマネージャー)エージェント」を使って、1ページのPRD(製品要件定義書)を10個作成させましょう。

コアとなるユーザーのループを定義します。MVP(実用最小限の製品)のスコープを、冷徹なまでに絞り込みます。エージェントはユーザーストーリーの概要を作成し、データベース構造の提案までしてくれます。かつてプロダクトマネージャーが1ヶ月かけて書いていた設計図が、2日で手に入ります。

3. Vibe Coding(構築)

ここからが魔法の時間です。「Vibe Coding(バイブ・コーディング)」は単なるミームではありません。ソフトウェア開発における根本的なシフトです。Cursor、Windsurf、Replitといったツールを使えば、あなたは構文(シンタックス)を書くのではなく、ロジックを指揮することになります。

これら10個のアイデアに対して、スケーラブルなエンタープライズ向けのアーキテクチャを構築する必要はありません。「コア機能だけのプロダクト」を作るのです。それは、一つの重要なインタラクティブ機能を備えたランディングページかもしれませんし、APIのラッパーかもしれません。あなたは10個すべてのMVPを2〜4週間で構築します。数ヶ月ではありません。数週間です。

私が気づいたのは、コードから自分のエゴを切り離すと、スピードが上がるということです。CSSのクラス名が汚くても気にしません。動くかどうかが重要なのです。

4. マーケティング・エージェント(コールドスタート)

スタートアップにおける最大の嘘は「作れば客は来る」という言葉です。流通(ディストリビューション)が必要です。ここでは、マーケティング・エージェントを使って、10個のプロジェクトそれぞれのコンテンツ生成、リード発掘、アウトリーチの自動化を行います。シンプルなランディングページを立ち上げ、小規模な広告実験を行い、潜在的なベータテスターへのDM送信を自動化します。

Agentic workflow for solo founders

泥臭い現実

さて、これが「銀の弾丸(特効薬)」だと思われる前に、友人として厳しい真実をお伝えしておきましょう。これは、ものすごく疲れます。

コンテキスト・スイッチ(タスクの切り替え)は、深い集中(ディープワーク)の敵です。10個の異なる小さなツールのカスタマーサポートをこなしていると、脳が焼き切れそうになります。私もこれを試しましたが、燃え盛るビルの中で皿回しをしているような気分になる日もあります。

多くの創業者がこのアプローチで苦労するのは、技術的な限界のせいではなく、感情的な限界のせいです。私たちは自分のアイデアに恋をしてしまうのです。プロジェクト#3こそが「運命の一つ」であってほしいと願ってしまいます。他の9つを放置して、プロジェクト#3のロゴを磨くことに3週間も費やしてしまうのです。

これを成功させるには、非情にならなければなりません。木を剪定する庭師のようなマインドセットが必要です。もしあるプロジェクトが2週間でトラクション(反応)を得られなければ? 殺すのです。リポジトリをアーカイブし、次へ進みます。この「感情的な切り離し」こそが、習得すべき最も難しいスキルです。

実践的なテイクアウェイ

もしあなたが「ポートフォリオ・ファウンダー」のアプローチを試したいなら、明日すぐに仕事を辞めて10個のSaaSアプリを作ろうとしないでください。もっと小さく始めましょう。

  1. 「週末起業」ルール:もしMVPがAIの助けを借りても週末だけで作れないなら、スコープが大きすぎます。削ぎ落としてください。
  2. スタックの標準化:あるプロジェクトにはNext.js、別のものにはRails、3つ目にはPython、といった使い分けはやめましょう。一つのボイラープレート(ShipFastや独自のテンプレートなど)を選び、コードの90%を再利用してください。認証、決済、データベース接続はコピペで済ませるべきです。
  3. 撤退基準の設定:コードを一行書く前に、失敗の定義を決めておきます。「もし第1週で10人のサインアップがなければ、閉鎖する」。これを厳守してください。
  4. 勝者に一点張りする:ゴールは永遠に10社を経営することではありません。あなたの全注意力を注ぐべきたった一つを見つけることがゴールです。あるプロジェクトが有機的に成長し始めたとき——サイトが落ちたらユーザーから文句が来るようになったとき——それが合図です。他の9つを一時停止し、その一つに集中してください。

最後に

「最初から正解を出す必要はない」と気づいたとき、そこには解放感があります。プレッシャーが消えるのです。もはや一つの仮説に自分のアイデンティティを賭ける必要はありません。

AIの時代において、間違うことのコストは実質ゼロです。唯一高くつくのは「何もしないこと」です。もし10倍速く作れるなら、10倍速く学べます。そしてスタートアップの世界では、最も速く学習した者が通常勝利します。

だから、最初の一振りでユニコーンを作ろうとするのはやめましょう。小さな賭けの庭を作るのです。どれが育ちたがっているかは、市場が教えてくれます。

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Feng Liu

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shenjian8628@gmail.com

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